2018年6月2日 稽古日誌

会員の身内の方が体験に来られた。永住先ではカンフーを嗜まれているとのことで、一時の体験とはいえ、空手の稽古というといささか退屈ではないかと気を揉んだ。稽古に派手さはなく、どちらかといえば地味なものである。華麗に振る舞うようなことはなく、自らと向き合うものであろう。その為、せっかくの機会ながらも仕方あるまいと…

 

結局のところ、楽しんで頂けたようで安堵した。特別なことをした訳ではない。日頃と変わらぬ稽古だ。格闘技という括りとすれば様々な種がある。しかし、武道という空手としたならば、このせっかくの機会にしか得られぬ体験を…と望んでいた。それ故の安堵であり、この機会が何らかの良い経験、良い思い出になるならば幸いである。